かなな著
・・・校内を、訳知り顔の優斗に、手を引かれるままに歩いてゆく。
つないだ手は、温かかった。
人気のない所を選んで歩いているらしい。迷いなく、前を歩く彼の後ろ姿は、とても頼もしく映った。
不思議と二人の姿を見咎められずに、学校の外に出ることが出来た時は、ホッとなる芽生に、
「ひょっとして、ビビってた?」
おかしげな表情で聞いてくるので、
「私達。幸徳の生徒じゃないじゃない。見つかったら不法侵入でしょ?」
と、問いかけると、
「まあ、そうだな。」
軽く返してくるのみ。
「学校にバレたら停学ものだよ・・。」
言葉を続けようとして、詰まる。優斗は彼なりに何か考え事でもあるようで、彼の視線がすでに、芽生の元になかったからだった。
意識の切り替えが早いのは、優斗らしい事。
物思いに沈みながら、駅に向かって歩き出した彼の後を追いながら、突然取り残されたような、寂しい気持ちになる。
駅に着いて、電車に乗ると
「家まで送ろうか?」
と聞いてこられて芽生は首を横にふった。
帰りにスーパーによる用事を思い出したからだ。
「大丈夫だよ。」
と、答える芽生に優斗は軽くうなずくと、
「・・そうか。」
と優しい笑みを浮かべて、それ以上しつこく言ってこない。
そして
「じゃあ、明日。学校で。」
と言うと、優斗は手を振って、あっという間に人ごみに紛れていってしまう。
ポツンと残された形で芽生は、ふいにある時の事を思い出していた。
遊園地に行った帰りの別れと・・雅と対戦した後の別れと、とても似ているものを感じたのだ。
あの時も、あっという間に姿を消してしまったものだから、芽生は“御役ご免”になってしまったのだと、勘違いしてしまうほどだった。
そうではないと、今だったら思える。
単に優斗は、あっさりしすぎているというか・・・余韻もへったくれもない彼の態度は、余計な誤解を生む時もあるのだなあ。なんて、なんだか物足りなく思う芽生なのだった。
優斗と別れた後、スーパーに寄った。家に戻ると、いつものように掃除機をかけて、洗濯物は帰ってから回した。
夕食の支度・・と。決まった用事にこなしていると、翔太がいつもの時間に帰ってくる。
「おかえりぃ〜。」
と迎えるのも、いつもの事。
食事中は、たわいのない話をした。優斗の話を、お互い避けているように思うのは気のせいか。
夕食後のお茶を飲む頃になって、やっと何げに芽生が
「・・・あの部屋には、ちょくちょく行くの?」
と、話を振ると、翔太は何でもない風な顔をして頷いてくる。
「ああ。何故だか落ち着く場所でな。・・・部屋の主には会ったのか?」
「稔さん?あぁ・・会ったわよ。すごくいい人。」
と答えると、
「やっぱそうゆう事か・・。」
と、翔太は小さくつぶやいて、何か考える風。
「何が?」
と聞いたのに、彼の耳に入らなかったのか、
「意外にいい奴な感じじゃないか。竹林優斗。」
と、話の核心をついてこられて言葉が詰まった。
「あれは・・その・・なんて言うか・・。」
意味をなさない言葉を繋げる芽生に、翔太はこれ以上ないくらに優しげな、それでいて寂しさの混じった瞳で見つめてきた。
「始めは、なんでよりによって、見た目だけの男に引っかかったんだと思ったけれど、意外に気骨あるぞ。竹林って男は。」
「そうなの・・・なんだか迫力ありすぎて、よくわかんないうちに、こうなっちゃってしまったの。」
と答えると、翔太的にはNGワードだったらしい。
ガックリ肩を落として、
「だから、注意しろって日頃から言ってるだろ?念のためだが、お前達。ちゃんと避妊してるか?」
なんて、突然聞いてくるのだ。
「ひ・・避妊だなんて・・そんな関係になってないわよ。」
あわてて言い訳?をする芽生に、翔太は意外な顔をする。
「そうか。すぐにもヤロうとしてこないんだな。やっぱり竹林は、見た目と違う男らしい。」
翔太の中での“男女の付き合い”というのは、芽生とだいぶ違うようだ。
ひょっとしなくても、翔太の中での優斗の評価は、ウナギ登りかも知れない。
「いや・・あの・・その・・。」
(されそうになったけど・・止めたのは私で・・。)
と、事実を説明しかけて、言葉を濁す芽生に、翔太が片眉を上げて
「何だ?キスくらいはしたのか?」
と、聞いて頭をかかえる。
「・・いや、これ以上はさすがの俺も立ち入りたくない話だ・・。」
もう部屋に戻る。
と、席を立とうとする翔太に、もう少しでもそばにいてほしくって、言葉を続けた。
同時に思い出したから・・・。
優斗との話の中で言った、翔太が言った嘘の言葉の訳を。
「あの・・翔太。優斗くんに、私達。腹違いの兄妹だなんて言う嘘を、ついたじゃない。
どうしてついたの?」
芽生の問いかけに、彼の動きがピタリととまる。
少しの間の沈黙の後、翔太は口をひらいた。
「・・・嘘じゃない。それは本当の話だ。」